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(でん)空間工作所

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技と記憶を受け継ぐ

古いものを大切にしたい

 先日、祖母の和箪笥二棹と小さなつづら二合を、実家では要らないというので貰いに行ってきました。中からは、私の小さい頃の服や裂織りの炬燵掛けなど、昔使っていたものが本当に山のように出てきました。なかでも、祖母が結婚するときにお米一升と豆を入れてきたという「ジャパニーズキルトキンチャク」が、ひときわ目を引ました。
 祖母が、これにお米を入れて祖父に「豆に一升よろしく(まめに一生よろしく)」とでも言ったのでしょうか。はたまた嫁に来た晩のこと、「みんな貴方のものよ」とでも言ったのでしょうか。何はともあれ、色鮮やかでハレの日にふさわしい、とても美しく素朴な袋に見えました。
 作られて90年以上は経つのでしょうが、こうして箪笥から出され、もう一度日の目を見ると「謙二、捨てないでおくれや!」とでも言われているような気持ちになりました。古い箪笥も水拭きをすると、漆塗りのなかなかよい物でした。
 人間とは不思議なものですね。歳とともにいろいろなものが見えてくるものです。箪笥の傷、使いこんだ鏡板、こわれた引手、それを修理した痕等々、祖母の残した物を一つひとつ記憶のなかから取り出して、再生するのも楽しいものです。隣に座る娘に話しかけながら、古いものを大切に使いたいと思う今日この頃です。

美意識と技を受け継ぐ

 あるとき、住職から寺内にある旧建物の利用の件で相談を受け、私は「壊して庭園に変えてはどうか」と、簡単に答えてしまったことがありました。そのとき、住職から返事は返ってきませんでしたが、今思えば「壇徒の総意によって建てられたものは、朽ち果てるまで壊さない」という解答だったのだろうと思います。直せる所は直す。しかし、それを過ぎてしまったものは、土になるまで見守る。それも民家再生のもう一つの方法かも知れないと、最近思いはじめました。
 山門は今から214年前、私達が長いあいだお世話になった会社のご先祖に当たる人物が建築し、現在、県の重要文化財に指定されています。また、三尺角のケヤキの大黒柱が林立する庫裏は、江戸時代中期の堀金村、安楽寺の建物でしたが、訳あって二度の移築再生により現法蔵寺の庫裏として使用されています。
 時代が変わり、人が変わっても、代々受け継がれていく血のようなものを感じませんか。そして、そのなかに「ある種の造形への美しさ」の基準を持っていることも感じます。こうして200年にわたり、その美しさや、美しさを生み出す技術を理解できる人が続いているというのは、私はすごいことだと思います。また戦前までは、こうした伝統が地域ごとの民家の造りにも残っていたはずであるとも思います。

記憶を受け継ぐ民家再生

 過去の記憶を頼りに行う民家の現地再生は、楽しい仕事です。まずほとんどの住み手は、古い家に困りはてて相談をしにきています。「本当に再生が可能なのか」と不安で切羽つまっていることが多く、それが住み手を本気にさせますし、「生活をこう変えたいんだ」という明確な目標も持っています。その気持ちが、私たちも本気にさせるのです。
 ひととおり話を聞き、現地を見させていただきますが、このときは、びっくり箱をそっとのぞき込むような不思議な気分になるものです。そこには私にとっての新しい発見もありますし、住み手の思うほど「建物は傷んではいない」と説明することが多いのです。現地再生の場合、実在するものへの説明でよいので、建物の状況について案外簡単に住み手側も理解できます。計画から施工、コストの説明まで比較的わかりやすいのです。
 しかし移築再生になると、実在する建物での生活感がないこと、移築先の事情で処分せざるをえない部分が多いこと、移築先での環境の違いにどう建物を合わせるか(本当は住み手が合わせるほうがよいと思うのですが)を考えなくてはなりません。また、コストの面でも大変負担が大きくなる傾向にあります。
 ただ現地でも移築でも、民家再生に関しては「解体してみないとわからない箇所」がたくさんあります。経験による判断と納め方が多いため、設計、施工には新築住宅を施工するときの数倍の心労が重なることは事実です。手間もかかります。このあたりの問題を、コスト面でどのように表現しておくかが、建て主と造り手側の信頼関係を保つうえで重要な所だと考えています。
 前に私たちが移築用に解体し、材を修理して保管していた福井県の民家があります。7年後、その民家に無事嫁ぎ先が決まり、竣工しました。こんなこともあるのですね。なんと建て主は30代の若夫婦なのですが、奥様が福井県出身の方でした。不思議な縁で、この築250年の民家も第二の人生を迎えることができました。私は内心、「この建物はこのまま過去の遺物で終るのだ」と思っていましたが、民家再生を長くやっているとこういうこともあるのですね。民家の記憶を受け継ぐとは、私達に不思議な縁をあたえてくれるものです。(関 謙二)